
どうしてお医者さんに自分の思いが伝わらないのだろうとか
どうしてお医者さんの言う事が良く理解できないのだろうと思った事はありませんか
患者と医師それぞれにアンケートを取ってみると

双方ともに「コミュニケーションに問題が有る」と答える人がかなりの数に上るそうです

そして患者の側からみますと、どんなに腕が良くてマスコミで「神の手を持つ」と言われる医師であっても

コミュニケーションが上手くいかないと、自分にとっては「良い医師」には思えないものですよね

コミュニケーションの問題というのは、単に「話が合う」というレベルの事ではなくて
それに続く診断や治療を決定する上で大きな障害になる可能性があり
診断ミスや間違った治療につながる恐れがあるという事なんです

では、どうしてそういったミスは起きてしまうのかというのを
医師が臨床の現場でどの様に考え行動するかという事に基づいて
実際の症例を挙げながら解説したのがこちらの本です

「医者は現場でどう考えるか」 ジェローム・グループマン

題名は難しそうですが、とても興味深い本ですよ
医師である著者が、様々な分野の第一線の医師達にインタビューして

「何故間違いが起きてしまったのか」または
「何故他の医師がわからなかった正しい判断ができたのか」を
その医師がどの様に考え結論に到ったかを追って探索していきます

15年間も原因不明の拒食と嘔吐に悩み沢山の病院を訪ね歩いた女性や
ちょっとした事で骨が簡単に折れてしまう先住民の少年
養子の赤ちゃんの生命の危機に立ち向かう独身のキャリアウーマン・・・ETC.
苦しむ患者を前にして、必死にその原因をつきとめ
治療をしようとする医師の思考の過程を追っていくことは
まるでスリル満点のミステリーを読んでるみたいです
誰にもわからなかった真の原因を突き止めて
患者を救う事ができた場面では感動がこみあげてきます

15年間原因不明で苦しんできた女性が、最後に或る医師に出会った時
初めて「私はあなたの物語を聞きたい。あなた自身の言葉で」
という言葉を優しい笑みと共にかけられて
彼女が語った言葉の中からその医師は病気の本当の原因を突き止めます

専門医制度が発達していて、家庭医や掛かり付け医にあたる
プライマリー医師との分業がはっきりしているアメリカでも
やはり多くの医師はとても忙しい様です
患者の話しをじっくり聞く時間を惜しんで
あらかじめ作成されている質問チャートに従った質問をして
それをパソコンに打ち込んで解析して診断する
という様な場面も少なくないようです
日本でも時々いますよね
患者の顔も見ずにパソコンの画面を見ながら
「熱は有りますか」「咳は出ますか」など
一方的に質問をしてくるお医者さん
確かに、良くある症状から病気を絞り込んでいくには
効率が良いだろうとは思いますが
人間がひとりひとり違う様に症状も各々違うはずですから
型通りのアンケートみたいな質問だけでは
拾いきれない部分が出てきてしまうのは当然かもしれません

患者自身が積極的に自分の体の事について語れるように
導いていくことが必要なのだとこの本は説いています
また、医療というのは不確実なものだという事を認識すること
検査を行っても100%原因がわかるとは限らないし
何の副作用も無しに病気を完全に治す治療を探すのは難しいという事を
医師が自覚しつつ、どの様に患者にそれを伝えて納得してもらうのか
それには非常に高度なコミュニケーション能力が必要ではないでしょうか

医師が、自分が最適と思うひとつの治療法を決めて
それを一方的に説明し患者に同意を求める
「インフォームド・コンセント」ではなくて
患者が全ての選択肢のリスクとベネフィットを理解して
その中から自分が最善と思うものを選べる様にする
「インフォームド・チョイス」というのは
すごく良いなあと思いました

患者ひとりひとりの環境や考え方が違えば
その人にとっての「最善の選択」というのも違ってくる筈ですから
「病ではなく人を治療する」という事を忘れてはならないのだとか

コミュニケーションの問題に戻りますと
どんなに医師と患者が努力をしても、やはり人間同士ですから
「相性」みたいなものも無視は出来ないと思います
医者が患者に対して好き嫌いの感情を持つ事もあると思いますが
患者というのは、非常に敏感にそれを感じ取っているものです
「私はこの先生に嫌われている」と思ったら
とても信頼関係を結ぶことはできないですよね
どんなに名医と呼ばれる医師であって
その人が自分にとって最良の医師であるかどうかは
また別の話だということです
また、患者にも色々なタイプがいますから
私の様に大げさに事細かに気づいた事を話す人もいれば
実際の問題から目をそらす様に「大した事はないんだけど」
と言う人もいます
医師は慎重にその患者の言葉の奥に隠されている真実を
限られた時間内に探っていかなくてはいけないんですね
お互いがより良いコミュニケーションを取るためには
患者の側にも相当な努力が必要なのだと思います

そして、この本に出てくる医師の多くが
「自分がかつて失敗した症例」についても
正直に話していることも印象的でした
良い医師というのは、過去の失敗を常に忘れずに
失敗から多くを学ぶ事ができる人なんですね
という訳で、かなり長くしかも理屈っぽくなりましたが

実際に読んでみると目からウロコの連続で

心に残るエピソードや言葉が沢山書かれている本です

出来る事なら、今後私自身やウチの犬が診てもらうお医者さんには
全員に読んで欲しいぞ
